精米機といかついおじさん、どうせの森を破るの巻

どうして自分はこんなにポンコツなんだろう、ああもう消えてしまいたい、逃げ出したい、と自己嫌悪に苛まれた初夏の夕方だった。

やらなきゃいけないことはたくさんある。けれどそのタスクたちの前に、どうせの森の木々たちが鬱蒼と生い茂っていた。どうせ私なんて、と自己否定モードに入ったときに逃げ込む深い森だ。逃げ出したい、でも逃げるわけにはいかないことも分かっている。まずはその森を破るところからのスタートだ。

家に帰って夕飯の支度をしようとすると、米びつが空っぽだった。不運だ。いつもなら無心でレバーを下げれば米が出てくるのに、今日はこんな気分だというのにワンステップ増えてしまう。米を補充しなければ。

食品庫を開けると、さらなる不運に遭遇した。玄米しかない。私は玄米でも十分だが、家族は玄米を好まない。もう全て投げ出して座り込んでしまいたい気持ちだが、そうなったらいよいよ動けなくなる。まずは、この小さな甘えに勝たなければ。私は玄米の米袋を抱えて再び車に乗り込んだ。

運転席に座って車のエンジンボタンを押す。ピーーーーーという甲高い機械音が響く。鍵のマークが点灯している。またやってしまった。車内に鍵がないとエンジンがかからない、優秀なスマートキーだ。慌てて出るといつもこうだ。

再び車のドアを開け、ガレージの重い引き戸を開け、靴を脱ぐ。ひとつひとつの動作が重く苦しい。どうして私は、こんなにも「できない人間」なんだろう。なぜいつも同じところでつまずいて、繰り返してしまうんだろう。答えは分かっている、考えが足りないからだ。頭が回っていないからだ。常に視野が狭く、目の前のことしか考えられていないからだ。

車の鍵は、いつもリビングのダイニングテーブルの上に無造作に置いてしまう。この経験則はあるのに、なぜいつも忘れてしまうのか。

とにかく今は、動きを止めてはだめだ。動き続け、進み続けなければ。やっとこさ車のエンジンをかけ、近所のスーパーの駐車場にある精米機に向かう。

精米機の横には別の車が停まっていたが、精米機は空いているようだった。よし、今のうちに、と車から降りて米袋を抱えたところで、精米機横の車から作業着のいかついおじさんが降りてきた。目が合う。私は慌てて車に戻る。向こうが先客なのは明らかだ。またもや不運だ。どこまで重なるんだ、と絶望感にうなだれて車の後部座席に米袋を戻したそのとき。

「先に使うかー?」

声が聞こえた。振り返ると、作業着のいかついおじさんが精米機を指差している。

「あ…いいいいんですか!すいません」と私はどもりながら受け答えし、また慌てて米袋を抱えて精米機に走った。「すみませんありがとうございます!お先に使わせていただきます!!」と頭を下げると、いかついおじさんは「ええよええよ」と笑ってくれた。10kgぽっちの精米はすぐに終わり、急いで外へ出ておじさんに挨拶した。すみません、ありがとうございます、助かりました、と言うと、またおじさんは「いやいや、大丈夫」と笑ってくれた。いかついおじさんは浅黒く、歯は白かった。白米を抱えて車に戻り、運転席に座ってエンジンをかける。おじさんが精米機に入っていく様子を見ながら、涙があふれた。

文章にしてしまうと、ほんのささいな出来事だ。でもこの時の私には、感極まって涙を流すほどの出来事だったのだ。しかし、こうやって書き連ねると本当にしょうもない小さな出来事だ。

きっとおじさんは時間に余裕があったのだろう。それ以前に、心に余裕があったのだろう。

いかついおじさんありがとう。今度私も精米機でタッチの差で居合わせた人がいたら、いや精米機じゃなくても、その人を思いやって順番を譲ります。

私はまだ、精神的に余裕がない状態が続いている。目の前の不都合から逃げることで精一杯になってしまう。その先を見なければ、と常々思う。

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